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No.1023 ≪新しい避暑地、沖縄の可能性≫-2018.7.18

No.1023 ≪新しい避暑地、沖縄の可能性≫-2018.7.18 目加田博史

 

沖縄で生活して30年になります。関西と沖縄を毎週行き来して、年々、沖縄が涼しくなっていると感じます。逆に言えば、関西が暑くなっているともいえます。昨日(2018年7月17日)、神戸空港から那覇空港についた時に、「何と涼しい」と思いました。その日の京都の最高気温はなんと38.1度。沖縄の最高気温は31.5度。なんと7度近く低いのです。京都では木陰に入っても風がないので逃げ場のない暑さです。沖縄は風があるので、木陰にさえ入れば、心地よい涼しさがあります。

もしかして、関西の異常な暑さに体が順応できず、鈍感になっていて、肌感覚が間違っているかもしれないと思い、気象庁のホームページhttps://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php/で確認しました。なんと、やはり沖縄は涼しいのです。

気象庁のホームページで確認できるデータは、1880年11月からです。沖縄・那覇と京都市の7月と8月の最高気温をみると、最高気温が33度以上の月を数えてみると、過去130年間で、沖縄は3回ですが、京都はなんと、58回もありました。京都の方が暑いのです。念のため、大阪市も見てみると、なんと57回。関西の方が沖縄より暑いのです。中でも、最高気温が33度以上になるのは1990年以降が顕著です。

私が沖縄に初めて上陸したのは1989年(平成元年)1月ですが、その当時と2017年を比較してみると、沖縄の平均気温は約2度上昇して、7月は29.9度、8月は30.4度でした。一方、京都も約2度上昇して、7月は28.4度、8月は28.7度でした。この数字だけ見れば、京都の方が涼しいと思いますが、体感温度はそうではありません。無風で逃げ場のない暑さと適度な風で涼しい暑さです。

夏の沖縄に来られた方は、よく御存じでしょうが、気温はそれほど高くなりませんが、日差しがきついので、すぐに真っ黒になります。水着で海に入ろうものなら、夕方にはやけどで水ぶくれができてしまいます。沖縄では日中に海に入る人はいません。日中はガジュマルの木陰でバーベキューを焼いてビーチパーティをするものです。もし海に入るにしても、長袖のTシャツを着て海に入ります。それぐらい、ガジュマルを始め沖縄の木陰は涼しく、強い日差しを遮ってくれます。体に良い塩分を含んだ風が常時吹いていますので、とても心地よく涼しいです。地面の照り返しが強いので、サングラスは必須ですが、逃げ場のない暑さの関西と比べると、暑さの質が違います。

これからの沖縄は、「避暑地になる」と実感しました。沖縄が「避暑地だ」と提唱しておられる方も多いと思いますが、これからの、沖縄の無尽蔵にある環境資源の一つは、「質の良い夏の暑さ」です。

沖縄の観光客数は、2017年に939万人となり、ハワイを凌駕しました。今年には1000万人を超えることは間違いありません。2017年度のインバウンドは約270万人で、56万人増加しました。2018年度には300万人は軽く超えるでしょう。様々な課題や問題も山積ですが、改善すれば、大きなメリットに変わります。これは沖縄経済の潜在的可能性の大きさを示しているといえます。

そのせいか、不動産価格の高騰は異常です。1990年のバブルの時、沖縄企業は、ほとんど被害はありませんでした。もちろん、沖縄もバブル経済で大変でしたが、ほとんどが本土系大手企業によるものだったので、地元企業は関与すらできなかったので被害もありませんでした。しかし、30年たって、地元企業も21世紀の落とし穴を乗り越えて、大きくたくましく成長しましたので、今回のバブルに多くの企業がかかわっています。
身の丈を踏まえて行動をしていただくことを期待していますが、こればかりは、経営者の考え方次第で、何とも言えません。
不動産価格は、場所によっては坪1000万円の土地も出てきました。少し前までは坪50万円程度だったのが、100万円越えは当たり前で、物件によっては150万円という値もついています。地主は、黙っていれば、業者が勝手に値段を釣り上げてくれるのだから笑いが止まらないかもしれません。ほどほどに、欲をかかず、身の丈に応じて行動していただきたいものです。

それはさておき、沖縄は、「避暑地」として、とらえなおすことが重要だと思います。冬は勿論、温かいですが、夏に避暑リゾート地として訪れるとよいと思います。逆転の発想で、「避暑地としての沖縄」にビジネスの可能性を見出だして、チャレンジしてはいかがでしょうか?

 

 
No.1022 ≪西日本豪雨災害 お見舞い申し上げます≫-2018.7.11

No.1022 ≪西日本豪雨災害 お見舞い申し上げます≫-2018.7.11 目加田博史

 

76日~10日にかけての西日本豪雨災害で、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方々の平安をお祈りいたします。
だれもが「まさか、こんなことになるとは思わなかった」というのが正直な気持ちでしょう。
避難指示が出ていたにも関わらず避難しなかった責任を感じておりますが、我が家の防災対策の見直しの必要性を改めて痛感しました。従来から継続している町内会活動への参画がその一助となると思っております。

さて、アメリカと中国の関税合戦が激しくなっておりますが、実際に実行されれば、日本への影響も少なからず出てきます。米中間の貿易は、アメリカの対中輸出が1164$、対中輸入は4367$で、合計貿易額は5531億$(約61兆円)になります。これは、日本の貿易額12520$(輸出6449$、輸入6071$)の45%にも当たります。
また日中間の貿易は、日本の対中輸出が1167$、対中輸入は1317$で、合計2484$で、日本の総貿易額の約20%を占めます。
日米間の貿易は、日本の対米輸出が1335$、対米輸入は720$で、合計2055$で、日本の総貿易額の約16%を占めます。
日本からすれば、貿易額の1位が中国、2位がアメリカで、この2国が貿易戦争を始めるわけですから、成り行き次第では、大きな変化が起きること間違いありません。
一方で、アメリカの中間選挙までのポーズという見方もありますので、中小企業としては、防災準備のやりようがないのが実情です。できることは、ベースとなる安定顧客基盤を強固にすることと、その数を増やすことに尽きるでしょう。さらに商品やサービスの品ぞろえを充実させることと、顧客に寄り添える人材育成を図ることだと思っています。

一方、中国が強大な権力を持った習近平体制に入ることで、かっての「皇帝」と同じ軌跡をたどるのではないかと思います。いくら強大な権力を持っても、一人の人間であることに変わりありませんから、崩壊のリスクが高まったように思っています。
荀子の子道篇に「身を張って諌言する家臣が4人、超大国にいれば、領土を削られるような失態はしない。身を張って諌言する家臣が3人、大国にいれば国は危険にさらされない」という名言があります。習近平政権の4人の諫言者がいるかどうかわかりませんが、中国の歴史を見れば、多くの王朝で権力があるが故の崩壊劇をくりかえしていることからも、日本の対応策が垣間見えるのではないでしょうか。

今から1500年前のこと。646年、当時の権力者である蘇我氏を排除し、中大兄皇子が中心となって、政治改革を起こし、初めて元号を定めて大化の改新としました。親密国であった朝鮮半島の百済国は、高句麗と新羅に囲まれ滅亡しました。百済国の遺臣が政権を樹立し日本に救援要請をしてきたので、663年、中大兄皇子は母である皇極天皇を説得して、半島に出兵し、白村江の戦いで唐・新羅軍と交戦しました。結果は惨敗で、命からがら逃げかえり、唐・新羅軍の来襲に備えて九州に防人を配置し、都は少しでも遠くへと、大津に遷都しました。それほど怖かったということです。
しかし、その間、唐との文化交流・人材交流を兼ねた遣唐使は、907年に唐が滅びるまで頻繁に行き来していました。朝鮮半島は新羅が統一し、935年に滅亡するまで統治しました。

日本と半島と大陸との力関係は、ほとんど、変わることなく、今も同じような状況にあります。1895年に日清戦争で日本が勝利してからは変化が生じましたが、戦後は連合国側にいる中国との距離感は、大和朝廷時代の関係と酷似しているように思います。日本はその間、政治的・軍事的には一定の距離を置きながらも、文化面・経済面では活発な交流がありました。中国が皇帝体制に近付けば近付くほど、約1500年前の歴史が、将来のロードマップになるのではないかと思っています。

アメリカは、宗主国のイギリスの植民地から独立し、王国や帝国の弊害を除去し、民衆の智慧を結集することで建国した合衆国ですから、トランプ大統領といえども皇帝にはなりえない国です。完全な法治国家ですから、いずれ大統領は変わるでしょう。第一次世界大戦までの覇権国イギリスは、ヨーロッパ大陸で失敗し、財政的に破たんした結果、覇権国はアメリカに移り、今に至っています。もうすぐ、100年になります。覇権国の寿命はせいぜい100年ですから、そろそろ次の覇権国あるいは覇権会社になるかもしれません。IT王国が誕生するかもしれないからです。

日本は、様々な世界の潮流と変化の中で、建国後2678年間、存続しています。ダーウィン先生の言葉を借りれば、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」と言っておられます。常にアンテナを張り、情報を収集して、変化してゆきましょう。

 

 
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